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ブスも美人も死ねば土

美人もブスもリア充もサブカルも、推してるあの娘が死んだって、等しく土になるんです

お山の大将系クズは逆トゥルーマンショーである

日常

『お山の大将系クズは逆トゥルーマンショーである』

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もし、あなたが、お山の大将系クズに傷つけられて、とても悲しい思いをしていたら。

そして、費やした愛情や時間やお金について、自分自身をひどく責めていたり、逆に、あいつを殺してやろうと夜な夜な計画を練っていたら。

ぜひ、これから提案する説を思い浮かべながら、「トゥルーマンショー」のDVDを観てみてください。

彼らの行動の不可解さが、あなたの未練や痛みと繋がっているので、そこが理解出来れば、あなたを傷つけたクズは路傍の石に変わります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

はじめに。

"お山の大将系クズ"とは。

ごく狭い世界のカリスマで、周りをTHE太鼓持ちの後輩で固めることを好み、交際相手は何をおいても自分の用事を最優先して当然、もちろんその逆はありえない、というタイプのことです。

あなたの周りにも、思い当たる人が一人はいませんか?

わたくしは彼らのようなタイプに最近まで捕食されっぱなしの人生を送っていました。

幸いにもスッパリ縁を切ることが出来ましたが、気づくまでにかなりの年月を費やしてしまったので、せっかくだから、彼らのような人達のことをしっかり言語化することにしました。

これは、呪いや糾弾のような目的ではなく研究の成果発表ですので、どうぞ、ごゆるりとお読み下さい。

では、"お山の大将系クズは逆トゥルーマンショーである説"(以降"逆トゥルーマン説")を順番に検証していきます。

流れ上、どうしても、映画「トゥルーマンショー」のあらすじに触れなくてはいけないので、未見でネタバレが嫌な方は、この先は、ぜひDVDを観てからお読み下さいませ。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

とてもざっくりした「トゥルーマン」のあらすじ

映画の主人公トゥルーマンは、生まれてからずっと小さな島に住み、平凡な人生を送っていました。

しかし、実は、彼の人生は生まれた時から24時間撮影されていて、島民は彼以外の全員が役者、リアリティーショーとして全世界に放送されていたのでした。

ある事件をきっかけに、彼は自分の生活に違和感を覚え、やがて、島全体が自分のための大掛かりな虚構、舞台装置であることに気づきます。

虚構の世界から脱出しようとするトゥルーマンを、番組のプロデューサーは引き止めますが、彼は拒み、番組のセットの外、現実の世界へ旅立っていったのでした。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

では、具体的に検証していきます。

サンプルは、美大を卒業して、演劇と現代美術に携わっている「夢追い人ゴールデンコース」を歩むわたくしが関わってきた、同業のお山の大将系クズ達です。

皆さま、それぞれのご職業に応用して想像してみてください。

〈閉じられた世界に住むこと〉

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トゥルーマンは、自分の意思と無関係に、物心がつく前から、島民全員が彼の為に用意された役者という、偽りの物語の中に住んでいました。

対して、お山の大将系クズは、腰巾着でいることが居心地よいタイプの後輩を従え、コントロール可能なタイプの女性を交際相手に選び、自分や後輩達とつるむことをステータスに感じる異性をグルーピーに仕立て……そうやって、都合のよい人間だけを自らキャスティングした、偽りの物語の中に住んでいます。

そして、彼らには、自分の支配力がハナから及ばないタイプの相手や、畏怖を感じる相手に対しては、一切自分の物語の設定を強要せず、そこに自己矛盾がまったく発生しないという便利な切り替えスイッチ機能が搭載されています。

〈自分が主役であること〉

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トゥルーマンは、自分が、小さな島を舞台としたリアリティーショーの主役だということに気づいていません。

対して、お山の大将系クズは、偽りの物語の中で、『自分が主役であり、そこに存在する人間は、自分のための脇役かスタッフである』という概念で生活しています。

身勝手な要求を突きつけるのは、意地悪ではなく、彼らの中では、魚に足がないのと同様に、『そういうことになっている』からです。

ですから、他人の予定や体調、感情を気遣わないことについて、『どうして?』と質問した場合、悪意があってそうしている人からは自分を正当化した反論がなされるでしょうが、彼ら相手では禅問答にしかなりません。

そして、華やかな成果発表のための地道な作業や、身の回りの煩わしい雑用などを、後輩や交際相手に命じ、その態度や結果が気に食わなければ、怒鳴り散らしたりすることは、彼らにとって当然なのです。

同様の概念によって、自分がやらせたことと同じことをその相手から望まれた場合、なんの躊躇いもなく拒絶したり、とても失礼なことを言われたかのように怒り狂ったりするのです。

もし、今、あなたが、お山の大将系クズとお付き合いしていて、『彼は口では色々言っていても本心では自分を思ってくれているはず』や『彼が成功したら、辛い時期を支えた妻として、大事にしてもらえるし金銭的に楽もさせてもらえるはず』など思っていたとしたら。

それは、ないです。

なぜなら、彼らの横暴な振る舞いは、上のような事情によるものなので、金銭の余裕や加齢で改善されるものではないからです。

岡田斗司夫が、『自分以外は犬か虫に思える』と平然と言い放ったことも、彼が同類だからだと思っています。

岡田氏しか得をしない謎の小さなコミュニティの王様をしていらっしゃいますし。

また、THE虎舞竜の高橋ジョージ氏が、妻が転居先を隠して代理人を立てて離婚手続きをしていることを、「夫婦喧嘩の延長だと思っている」と、本気で戸惑いながら話したこともそうです。

物語の従順なヒロイン役が、キャスティングプロデューサーの自分の許可なく降板するなど、あり得ないと信じ切っているのだと感じました。

ではここで、些末な例ではありますが、実際にわたくしがお山の大将にお仕えしていた時のことを書きます。

彼は、外出前に何度も服を着替え、その都度、そのコーディネートについての(帽子の角度に至るまで)事細かなアドバイスをわたくしに求めました。

……但し、自分の気分が良くなるもの限定で。

そして、アドバイスの内容が気に食わなかったり、わたくしが親身になっていないと感じられたら、強い口調でなじられました。

いつしか、わたくしのアドバイスの基準は、彼のコーディネートの良し悪しではなく、それまでの経験で彼が気に入ることを知っているワードをいかに上手く組み合わせるかになりました。

なるべく少ない着替えの回数で満足させること、怒鳴られないようにすること、それがわたくしの目的になったからです。

第三者がその様子を見たら、「この女はなんてわざとらしいお世辞を言っているんだろう」と感じたことでしょう。

お山の大将の周りにいる人はおべっか使いばかりに見えるのは、こういう理由もあるのです。

〈外部の価値観との対峙〉

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トゥルーマンは、両想いの女性から、彼が住んでいる世界はまやかしだと告げられ、当たり前に過ごしていた自分の生活のおかしなところに気づき、外の世界へ飛び立っていきました。

逆に、お山の大将系クズは、現実世界からやってきた恋人や新しい知人から、自分の住む虚りの物語を否定された時に、悪意を持った侵入者として徹底的に排除します。

自分が主役の物語の中でずっと心地よく暮らしていたい彼らにとって、「そんな世界は本当は存在しない」と言い切る新たな登場人物は脅威で、それと同時に、主役を立てないポンコツの脇役です。

ですから、キャスティングプロデューサーでもある彼らは、その登場人物を、突然、物語から追放するのです。

橋田壽賀子先生に逆らって、ドラマの中で唐突に死んだり遠くへ引っ越したりする登場人物と同じことです。

そして、彼らは、面と向かって、異邦人の侵入者に追放を言い渡すことはありません。

「もう友好な関係が無になるならば」と、侵入者から、彼らが目を逸らし続けている現実世界との齟齬について、ズバズバと指摘されることを非常に恐れているからです。

音信不通を決め込んだり、THE太鼓持ちやグルーピーの異性に侵入者の悪口を吹き込むなどして、話し合う機会など与えずに、物語から締め出します。

またここで、わたくしの些末な例をひとつ書きます。

当時交際していたお山の大将のお部屋に泊まった時のことです。

早朝5時に、彼の浮気相手が突然襲撃をしてきました。

鳴り止まない玄関のピンポンと、ドアノブをひねっては体当たりをするガチャガチャ、ドーーーーン!!!という激しい音は一生忘れられません。

彼が自分に都合のいいように誤魔化しながらわたくしに話したことから想像すると。

彼はその女性と、わたくしの存在を隠して一ヶ月ほどお付き合いをしていました。

彼女が自分に従属するようであれば、影で自分を支えることに徹さずに自ら作品づくりをする「非協力的な」わたくしと、差し替えるつもりだったようです。

けれど、彼の威嚇に怯まず怒鳴り返してくる彼女を、自分が支配出来ないタイプだと悟り、突然、音信不通決め込み、それに業を煮やした彼女が、絶対家にいる時間を狙って襲撃してきたようでした。

そんなに気の強い女性を無視したらどうなるか、ちょっと考えればわかりそうなものなのに……。

彼女の気持ちからしたら、とてもひどい仕打ちですが、彼の思考回路からしたら、侵入者であり設定に従わない端役との別れの場面など物語上不要なので、誠意のある対応など望むべくもないのでした。

〈新たな世界への旅立ち〉

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ラストシーンでトゥルーマンは、自分のいわば親のような存在である、番組の総合プロデューサーと対決します。

プロデューサーは、作り手の歪んだ親心と支配欲から、彼に島に留まるように強く迫りますが、トゥルーマンはそれを拒否し、外の世界へ出て行くのです。

対して、お山の大将系クズは、未知の世界へ、たった一人で飛び込んでいくようなことは、恐ろしくて到底出来ません。

なぜならその行為は、彼らがずっと目を逸らしていること、現実をしっかり受け止めて第一線で活躍している同世代の人達、(中には、かつて自分よりずっと後ろを歩んでいた人も大勢いる)と、評価されない狭い世界へ逃げ込んだ自分との差を、目の当たりにしなくてはいけないからです。

彼らは、トゥルーマンショーのプロデューサーのような、親のように無償の愛を提供してくれる権力者がある日突然現れて、彼自身だけは何も変わらないまま、彼の周りはそっくり煌びやかなものに変えてくれると信じて疑いません。

それはまるで、前時代のディズニープリンセスのようで、いつか王子様が現れるのを、今か今かとただ待ち望んでいるのです。

『自分の知らない誰かが、自分を見初めて高いステージへ一気に引き上げてくれる』という妄想は、夢追い人に限らず、どの職種のお山の大将系クズも、皆抱いている願望だと思います。

〈彼らはのさばり続けるのか〉

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結論から言えば、わたくしの考えでは、イエス、です。

この世には勧善懲悪などそうそうないし、彼の物語の中に居心地よく住んでいられる人達にとっては悪人ではないからです。

お山の大将であり、物語の主人公になれる程度のカリスマ性や実力は持ち合わせている彼らは、外面はなかなか魅力的な人なのです。

普通の大人なら当然持ち合わせている分別や常識が全くない彼らの、便利なワード「少年の心を持っている」がぴったりくる自由すぎる振る舞いは、しっかり大人になってしまった人の目には眩しく映ることでしょう。

ただし、それは、彼らの外面だけしか見る必要がない浅い距離感の人達と、彼らの物語の登場人物になる資質がある人達だけに有効な魅力です。

ところで、彼らの物語には、目上の人は、あまり登場しません。

〈閉じられた世界に住むこと〉で、彼らには、便利な切り替えスイッチ機能が搭載されていることを記しましたが。

彼らの切り替えスイッチの性能は、所詮、支配力が及ばない相手に自分の物語のルールを強要しないというところまでで、そういう相手に、身内に理不尽に振る舞う自分の姿を見せた場合にどう思われるか、を想像する機能はありません。

あまつさえ、それがかっこ良いと思って、ある種パフォーマンス的に、自分を大きく見せたい相手の前でわざとそうして見せる場合すらあります。

そういう彼らの様子を見て、良識のある目上の人達や、彼らの支配力の及ばないタイプの人達は、上辺だけのお付き合いに留めようと心の中で決めるのです。

けれど、彼らは、そういう機微には気づけないので、一度仕事をした目上の先輩あるいは集団から、再度の仕事のオファーや遊びのお誘いがこないことや、スーパープロデューサーが自分に目をつけないことを、心底不思議に感じています。

わたくしが、彼らがのさばりつづけることに、イエス、と言ったのは、物語は、彼らが天に召されるまで規模を変えつつ継続する、という意味で、それが、彼らの望むような展開になり得るとは考えていません。

たとえ、一度は大きな成功を手にしたとしても、その後は身の丈以上のものは残らないでしょうし、逆に言えば、たとえどこかの社会集団で立場を追われたとしても、また別の場所のお山の大将になり、偽りの物語の世界を再構築することでしょう。

〈永遠の離れ小島〉

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トゥルーマンは、自分の生まれ育った故郷が、全て自分が主演するリアリティショーを成立させるための舞台装置だったことに気がつきました。

海は波の出るプールで、街は巨大なセット、善き伴侶や親友や隣人は番組の意向に沿って演技をする役者でした。

あなたを傷つけたお山の大将は、そういう偽物のセットと、面倒なことにならないように演じている他人しかいない小さなコミュニティ、偽りの物語の中で、いつまでもいつまでも、実現することのないスーパープロデューサーによる豪華絢爛なセットへのセットチェンジを待ち続けている人なのです。

彼らの物語は、彼らの思い込んでいるサクセスストーリーではなく、無いものを有ると思い込んでいるおかしな男のホラーコメディなのです。

そんな滑稽な男は、傷ついたり憎んだりしてあなたの多くの時間を費やすほど魅力的でしょうか?

ビール片手に「トゥルーマンショー」を観て、すっきり腑に落としてしまいましょう!

おわり。

美貴ヲ

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■美術家/作家(演劇脚本など)■コント脚本提供 順風女子コント公演『春ベリー』3/13(金)~15(日)@しもきた空間リバティ■書いたり描いたりするお仕事をください!

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脱皮する少女について想うこと

活動記録
「みぞかちゃんの脱皮」に寄せて

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はじめに。

1月31日、サラヴァ東京で行われた「ピンクに死ね!!presentsちんまい光卒業式」というイベント内で、緊縛人形劇「みぞかちゃんの脱皮」を上演いたしました。

緊縛人形劇「みぞかちゃんの脱皮」は、緊縛師の有末剛先生と現代美術家真珠子さんの異色コラボ作品として生まれました。

女体のエロスを追求する緊縛と、正反対のガーリーな世界を、演劇を介して融合させるという趣向のもと、わたくしが物語を書かせていただきました。

このブログでは、敢えて、イベントのレポート等ではなく、物語に焦点をあてて、作品のテーマについてお話をさせていただきます。

今回の上演台本をnoteにアップいたしました、↓↓こちらからご覧いただけます。


これから、物語の中身について触れていきますので、ぜひ、上演台本をご覧いただいてから、今回のブログをお読みくださいませ。

(緊縛や唄のパフォーマンス含め上演時間30分程度、サクッと読める長さです)

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(写真の撮影者は、緊縛の妖精役の緊縛モデル吉乃蕾さんです)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

緊縛人形劇「みぞかちゃんの脱皮」

〜脱皮する少女について思うこと〜



この物語は、『少女が女になる』と『早熟と遅咲きの葛藤』、がテーマでした。

まず、一つ目のテーマ。

『少女が女になる』

わたくしは、これについて、初潮をむかえる、或いは、処女を失うという具体的な変化と、大人の女として振る舞うことを覚えるという抽象的な変化、二つのことを思い浮かべました。

物語の中で「アレ」として隠喩しているものは、初潮であり処女喪失であり、また、大人の女の価値を理解した瞬間でもあります。

おそらくは、お客様が一番多く具体的に思い浮かべたのは初潮ではないかと思いますし、そのように作りました。

(同じイベントの他の演目とまさかの初潮かぶりをしていたのはびっくりでした……)

物語の中で、みぞかちゃんは、ただ「アレ」がきただけで、同い年の女の子達がいっぱしのおねえさんのように振る舞うことに怒っています。

わたくしは、体も心も成長が周りの女の子達より一歩も二歩も出遅れているタイプだったので、みぞかちゃんのこの気持ちはとても身につまされました。

物語を書き進めながら、初潮を早くむかえたりセックスを早く知った女の子はあきらかに大人びていて、わたくしを含めた何も知らない女の子達に優越感を持っていたこと、そして、それを肌で感じとっていたことを、皮膚感覚として思い出しました。

初潮やセックスの仕組みは、保健体育的な知識としては理解していても、自分にそれがおとずれないことには、どういうことか想像もつかないので、『体から一週間くらいずっと血が出ている』『スイカを鼻から入れるより痛い』ということを既に経験として知っている子には、どこか畏れに近い気持ちを抱いていました。

また、童貞は『捨てる』処女は『喪失する』という言葉が用いられるだけあって、大人の女になるということは少女を喪失する行為なのだと思っています。

それまでは、少女漫画のようだった恋愛が生々しい行為を伴うようになり、清廉潔白だった恋人が性欲に支配されているところを目の当たりにします。

愛するということが、キッチュで可愛らしいおままごとではなくなってしまうのです。

また、抽象的な変化として、自分が、性の対象や社会的立場で「女」として扱われることを受け入れるのも、少女の喪失と言えます。

例えば、人間関係を円滑にするためや自分の今後の展望のために、女として見られることがメリットになるよう振る舞うことを覚えた、或いは割り切った瞬間のような。

物語の中でりぼんちゃんは、みぞかちゃんの"なりたい自分になれたのか"という問いに、こう答えます。

アタシは、ちょっぴり……ううん、けっこう悲しいことがあって、でも、その代わり、なりたいわたしになれたわ・・・でもね、女の子じゃなくなっちゃった。 

大人の女の秘密を知ってしまったら、もう少女ではなくなってしまうのです。

わたくしは、物語の中で一番この台詞が好きです。

好きなものを手に入れるためには、なりたいものになるためには、代償が必要で、りぼんちゃんの場合は、それが少女の喪失だったのです。

二つ目のテーマ。

『早熟と遅咲きの葛藤』

これから先、もしかして、わたくしがなれるとしたら遅咲きなので、えこひいきですが、わたくしはりぼんちゃん推しです。

実は、この物語は少しややこしい仕組みで作っていて。

『少女が女になる』という意味合いでは、みぞかちゃんが少女でりぼんちゃんは女、ある意味みぞかちゃんが後行ですが、逆に、『早熟と遅咲き』という意味合いでは、みぞかちゃんが早熟でりぼんちゃんが遅咲きなのです。

みぞかちゃんはまだ少女なのに自分ひとりで染め物屋さんをやっていて、りぼんちゃんは他の女の子達よりずっと長くアレの期間があって、ようやく村に戻ったばかりです。

こちらのテーマの「アレ」というのは、知識や技術を蓄える期間であり、まだ外の世界からの評価を得ていない状態、いわばサナギです。

フリーランスの仕事に例えるなら、みぞかちゃんは下積みの経験もなくバンバン依頼がきて忙しく、りぼんちゃんは長い下積みを経てやっとチャンスに巡り会えたばかりです。

みぞかちゃんはお店の外まで聞こえる大きな声で渡り鳥と喧嘩をしたり、自分の実績を無邪気に自慢をしたりして、りぼんちゃんはそのことをたしなめます。

仕事をする姿勢として、極端に言えば、早熟タイプのみぞかちゃんは天真爛漫だけれど不遜、遅咲きタイプのりぼんちゃんは礼儀正しいけれど堅苦しいです。

そして、早熟タイプには同世代に先んじる優越感と追い抜かされる悲しみがあり、遅咲きタイプには一生花開かないかもしれない恐れと追い越す快感があります。

ただ、性質や仕事のやり方は一概にカテゴライズ出来るものではないので、みぞかちゃんとりぼんちゃんは、象徴というよりは、ケースのひとつです。

今回はみぞかちゃん&りぼんちゃん、二人のケースに沿って早熟な人と遅咲きの人についてのお話を進めていきます。

早熟な人は、無邪気さや自由な発想がある人が多く、逆に、そのことで周囲の人達、特に遅咲きの生真面目な人を振り回していることに想像が欠けていたりもします。

逆に、遅咲きの人は、礼儀正しくしっかりした技術を持つ人が多く、逆に、どうでも良い礼節に口うるさく、早熟な人の無邪気な振る舞いに必要以上に神経質だったりもします。

結局のところ、お互い無い物ねだりをして、強く反発し、それでも強く意識しあって惹かれあうのです。

みぞかちゃんとりぼんちゃんの関係が、お互いに大嫌いで大好きなのもそれ故です。

そして、最後に。

物語の中盤から結末にかけて、みぞかちゃんは少女から女になります。

身体の変化だけではなく、早熟すぎて存在しなかったサナギの期間に立ち戻り、自分の内面としっかり対峙をして、そして脱皮をします。

この過程について、上演時の演出では、有末先生に緊縛を施していただくことを象徴としました。

少女から大人になるための儀式としての緊縛は、畏怖ではなく、むしろ胎内にいるような安心感をイメージしました。

それは、みぞかちゃんの無邪気さや待ち望んだ「アレ」に対する期待感からくるものです。

女の子達の「アレ」に対するイメージは、それぞれの性格や心境によって全く違っていて、例えば、りぼんちゃんの「アレ」のイメージは、彼女の長い独白の台詞で語っている、強い意志で打ち勝つ孤独な戦いのようなものです。

アレがきた後、みぞかちゃんは、まっさらな新しい自分に生まれ変わったのだ、と確信し、纏っていた少女の膜を自分で勢いよく剥がします。

けれど、そこに現れた身体は、さらにまだ縄で縛られていました。

(舞台上では、みぞかちゃんが自分で緊縛の縄を外して、纏っていたろうけつ染めの布を取り去ると、その下にさらに緊縛が施されています)

みぞかちゃんは期待が裏切られたことに絶望してワンワン泣きます、これが、少女から女になることでの、みぞかちゃんなりの喪失です。

少女の時に過度に期待する「大人の女になりさえすれば、今の自分のコンプレックスはすべて解消される」というのが、幻影だと悟った瞬間です。

大人の女というのは、新しく生まれ変わるものではなく、少女の時の経験の積み重ねによるものだと気づいたのです。

そして、施されている縄と捨てたはずの少女の膜のおかげで、宙に舞うことが出来たのでした。

(舞台上では、緊縛で吊られて、ろうけつ染めの布を羽のように纏っています)

物語の終わり、早熟な少女は女になり、新天地へ旅立つ遅咲きの親友に、素直な気持ちを叫ぶのでした。

「りぼんちゃん、大好きよ〜」

おわり。

美貴ヲ

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■美術家/作家(演劇脚本など)■コント脚本提供 順風女子コント公演『春ベリー』3/13(金)~15(日)@しもきた空間リバティ■書いたり描いたりするお仕事をください!

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岡田斗司夫と大正大学全裸講師、ちょっとだけ新垣さん

時事
今、愛人の暴走で世間を賑わせている五十代インテリおじさん二人。


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この二人の騒動は、根っこはほとんど同じだけれど、破綻のきっかけはとても対象的なところに興味を惹かれました。

そこで、友人達の間で、お山の大将系クズとばかりお付き合いする女だということで意見が一致しているわたくしが、自分の経験も踏まえながら考えてみました。

「暴露」と「命令」。


事のあらましは、ほぼ同じで、二人とも、若くて情緒が不安定な女の子と関係を結んだものの扱いきれず、結局、女の子の暴発で自分のキャリアと信頼を台無しにすることとなりました。

暴発した女の子達は、きっと、バブル経験世代のインテリおじさんに喰い物にされてしまう典型的なタイプで、同世代とは上手く関係を築けずに日々淋しさと生きづらさを感じていたのではないかと思います。

岡田氏は常習的に、そういうタイプの女の子を優しく口説き、依存症にし、崇拝させて、やり捨てにしていたのでしょう。

そして、哀しいかな、バブル世代のおじさんは、インターネットが一個人に大きな力を与えることをまだ理解出来ていない人が多く、著名人の自分に対して、たかが若い女の子一人に何が出来るのかと、たかをくくっていた可能性が大きいです。

対して、大正大学の講師ですが。

著しく情緒が不安定になる、いわゆるメンヘラというものを、女性は十代後半から二十代前半あたりで経験する人が多いですが、男性は還暦が現実味を帯びてきたころ、「男」でなくなることを恐れてメンヘラになる人が多いと聞いたことがあります。

この講師がそういう状態だったとすれば、不安定な女学生と、年齢は親子ほど違うけれど精神的には同等で、それゆえに、どんどん二人でエスカレートしていったと考えられます。

いずれにしても、「やっかいなインテリおじさんと扱いづらいメンヘラちゃんが揉めた」という、よくあるお話ですが、それはわかっている上で、敢えて検証していこうと思うのです。

では、暴露と命令、二人の女の子がとった行動が対象的だったのはどうしてでしょうか。

『どちらが教祖だったのか』


前者は、岡田氏が教祖で、彼女が信者です。

後者は、女学生が教祖で、講師が信者です。

教祖は、信者自身より自分のことを優先させ、すべてを捧げるように、時に果たす気のない甘い約束をし、時に強い言葉で脅迫します。

信者は、すべてを捧げる代わりに、自分が憧れる偶像を教祖が演じ続けることを要求して、いつか甘い約束が実現することを信じて疑いません。

この関係を別の言葉で言い換えるとすれば、『洗脳と自己投影の関係』です。

恋愛における教祖側の思考は、「自分が一番可愛い」「パートナーは自分に尽くして当たり前」「絶対責められたくない」というような、信じられないほど幼いものです。

いわゆる"大人のルール"に則って、諭したり或いは責めたとしても、教祖はナチュラルボーン自己中なので、まったく理解出来ませんし、言うだけ無駄というものです。

教祖タイプは、「あの女(男)がキチガイだったんでゲスよ! 」などと信者を貶めて気分良くさせてくれる同性のTHE太鼓持ちとつるんでいる場合も多く、騒げば騒ぐだけ、風評被害で信者側が苦しい立場に追いやられることもままあります。

このように、教祖がわかりやすく自己中心的なので、信者は自分を被害者や悲劇のヒロインの立場に置きがちです。

ですが、信者のいない教祖は成立しないので、信者体質の人間のひとりとして、敢えてわたくしは、信者は共犯関係だと言い切ります。

岡田氏の彼女の場合は、どのように教祖である岡田氏に加担したのでしょう。


一見たくさんの人に慕われている風の岡田氏の姿に、周囲に上手く馴染めない自分の憧れを投影すること。

岡田氏の功績の一部は、彼女である自分のおかげなのだと解釈して、周囲の判断よりずっと高い自己評価を満足させること。

……とてもよくわかります、だって、わたくし自身がそうだから。

ネット上の彼女の主張から想像して、彼女は美しくて賢いけれどリテラシーがなくて、重たい自分語りや著名人との交遊自慢をしていそうです。

そして、友人だと思っていた人達から避けられ、その理由がわからずに悲劇のヒロイン的に悩んでいるタイプだと感じました。

ざっくりいえば、わがままで甘えん坊の寂しがり屋さんです。

そして、彼女は、「そんな私をありのままに受け入れてくれる運命の人」である岡田先生との甘い新婚生活や、著名人の妻となる薔薇色の未来を心待ちにします。

ところが、岡田氏は、彼女の濃縮めんつゆのような濃い愛情や依存心を「重い、ウザい」と全否定して、突然別れを告げてしまいました。

そこで彼女がとった行動、奉仕の報酬(甘い約束)が偽りだということに怒り、ネットで騙された(弄ばれた)と暴露することは、少なくとも彼女の中での筋は通っています。

岡田氏がどれほどモテ男ぶろうとも、終身名誉童貞の精神構造では、現実世界の恋愛のことなど全く理解出来ないのです。

だからこそ、同世代のモテ男達が孫が生まれて好々爺になろうという年頃に「80人彼女がいる」と恥ずかしすぎることを口にしてしまうのでしょう。

ちなみに、80人の愛人のうち、少なくとも60人は、水商売やクライアントさんのお世辞や営業(LINEの返信がすぐ返ってくる、手を握ったら握り返したなど)や自分の性欲のために一回しただけで、まさか自分が愛人にカウントされているなんて思ってもいないのでは、と推測しています。

そして今後、暴露した愛人さんのことをどれだけ気にかける発言をしたとしても、所詮、このツイートに岡田氏の本心は集約されています。
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彼女にはこれっぽっちの誠意も持ち合わせていないことは明らかです。

器がおちょこのクズです。

対して、大正大学の露出狂講師の場合は、どのように教祖である女学生に加担したのでしょう。


知識人である自分が敢えて若い女の子の命令に従うという行為によって、マゾヒスト的な欲求を満足させること。

臆病で物事を先送りする性格を「断りきれない、優しすぎる自分」にすり替えて、自己陶酔するための装置として利用すること。

いきなり最初の要求が「キャンパスで全裸になって」とは考えづらいので、人通りの多い場所で椎名林檎ばりに「ここでキスして」あたりからスタートしたのではないでしょうか。

大正大学の公式発表の内容と、わたくしが今までに出会った似た性質の女性から想像して、この女学生は、周囲からは地味で控えめな女の子と思われているけれど、特定の性質の相手にだけは、支配力を発揮し高圧的な態度をとるタイプだと感じました。

ざっくりいえば、「俺がいないとあの娘はダメなんだ」と感じさせる儚さと、相手を意のままに操る狡猾さをあわせ持った不思議ちゃんです。

そういった子の要求は、ドシャ降りの夜中に「愛してるなら今すぐに来て! 」や、精神の不調でバイトが出来ないから生活費を負担して欲しいなど、同世代では手に余る場合が多いです。

対して、バブル世代のおじさんは、ホテルの高級なバーや豪華なプレゼント、アッシー君など「女のワガママに応えるのが男の甲斐性」的な美学や文化があり、金銭的余裕もあるので、割れ鍋に綴じ蓋なのでしょう。

精神的に不安定な女学生は、無理難題を突きつけ、相手がその要求をのむことで、自分の存在意義、自分が教祖であることを確認し続けていたのだと思います。

最後の一線を越える要求をした時に、この講師が歳上のパートナーとして厳しく接しなかったことが、結果的に自分のみならず彼女の将来に大きな傷をつけてしまいました。

それでいて、講師は、大正大学の公式発表内で、下記のような発言をするのです。

自分の大事な人を守るために行ったことが、結果としてこのような事態に至ったこと、重ねてお詫びいたします。
皆さんには、自分の信頼すること、信じることを貫き通して欲しいと思います。そのとき少しの冷静さも忘れないようにしてください】
より抜粋

「大切な人を守るため」という言葉と己の悲哀に酔いしれた文章で、無意識に、責任の所在を女学生側に押しやる、なんて見事な悲劇のヒロイン脳……おじさんなのに……!

この気持ちは、年末に、佐村河内氏のゴーストライターだった新垣氏がテレビに出まくってちやほやされていたのを見かけた時に感じたのと同じ気持ちです。

周囲が「あの先生は人に嫌ということが出来ない優しい善い人なんです」と言うのは自由ですし、もちろんご本人がそれだけの人格者なのだと思います。

ただ、自分で、「そうなんです!私って優しすぎるんですよ。善い人すぎるってよく言われるんです!」って丸ごと乗っかるのはどうなのだろうかと、わたくしは疑問に感じます。

同罪とまでは全然思っていないのですが、全てをノーカウントにしてはしゃぐのは、なんかなぁ……と思ってしまいました。

つまり、この全裸講師のちょっと良い別れの挨拶に、そういう自己陶酔の匂いを感じたのでした。

なぜ長々とこのような文章を綴ったかといえば、最初にもチラリと書きましたが、わたくし自身が、恋愛における信者にまんまと成り下がり、教祖の虚栄心をぶくぶくと増長させるタイプだからなのです。(わたくしの場合は、インテリおじさんタイプではなく、外ヅラが良いアーティストタイプなのですが)

そして、後から考えてみれば陳腐すぎる甘い約束が守れなかったことに、毎回飽きもせずにガックリ肩を落としたり、怒り狂ったりしてきました。

だから、強者の理論として、信者タイプの人に「断れなかったあなたも悪い!!!」と言っているのではなく、「わかるよ〜わかるけど、あんたバカだよ」と言いたいのです。

なんなら、一緒に居酒屋で、永遠に尽きない教祖の悪口で盛り上がって朝まで飲みたいのです。

新垣さんも誘って。

そして最後にわたくしごとですが、お金をあげることよりも、自分の創造物や貴重な時間をあげてしまうことのほうが、精神的にとても辛いことです。
(10万円<物語    わたくし調べ、当社比。)

自分の経験や想像力を使って生み出した台詞や物語を差し出してしまったこと、それが教祖の言葉として布教され、一定の評価を得てしまうこと。

それは、相手への怒りや憎しみだけでなく、自分自身への信頼や尊厳も著しく損ないます。

今、そういう形で教祖に尽くしている自覚があり、迷っている方は、全力で今すぐ逃げ出すことをお勧めします!

或いは、自分が共犯だったことは自覚しつつ、ダイナマイトを体に巻いて突っ込むなり、爆弾のスイッチをちらつかせて強かに交渉するのは選択肢の一つとして、あって良いことだと思います。

わたくしは、まだ未経験ですが、そういった選択肢を選ぶ日が来たときは、慎重に周到に策を練ろうと思います。

最後に情けをかけたとしても、教祖はそれに漬け込むだけなので。

暴発した女の子達が立ち直って、新しい素敵な人生とパートナーを見つけられますように☆

インテリおじさん達は図太く商売をするなり、可哀想ぶって職を得るなり、どうぞお好きにしてください。

美貴ヲ

■美術家/作家(演劇脚本など)■1/31緊縛人形劇「みぞかちゃんの脱皮」出演:有末剛・真珠子 脚本・構成を担当■書いたり描いたりするお仕事をください。

連絡先:purinlady@gmail.com
Twitter:mikiwo65

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文庫女子と雑サラダ問題

時事

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松の内が終わった途端、紀伊国屋書店が景気よく燃えています。

「文庫女子」で検索すると、寝タバコと同じくらい「それは……しょうがないですね……」という自業自得な火元がすぐに特定出来るかと思いますが、あらましをかいつまんで。

(おそらく)百パーセント善意むしろ熱い志しすら持った男性が、「女性の皆さん、全然ご存知ないと思うのですが、本って面白いんですよ!!!」と、野暮ったいピンク色(通称 ダサピンク)のポスターを旗印に呼びかけて、一瞬で火だるまになったという事件です。

そのポスターがこちら。
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少しだけ話を脱線させますが、ポスターに用いられたダサピンクと称される色、四股のお天気お姉さんがコーディネートに重用していたので、「女性はピンク好きでしょ」という蔑視ではなく、男性には「世界中の女の子(但し清楚で可愛くて若い)があのピンク着ればいいのに」という素敵な色に感じられる、摩訶不思議な色なのかもしれません。

話を戻します。

ツイッターでパシャリと撮って全世界へすぐに配信出来る折り、ポップに「東野圭吾村上春樹しか知らないのは、勿体ないと思うのです」と、ご陽気に書いてしまうのは、ガソリンを被ってスキップしながらキャンプファイヤーの輪に混ざりに行くのも同然です。

それで、「良かれと思って! まさか燃えるなんて!」と言われても。。

この件については、微力なわたくしが薪をくべなくとも、しばらくキャンプファイヤー@紀伊国屋書店はごうごうと燃え盛りつづけると思いますので。

わたくしは、この機会に、「女子(笑)ってこういうの好きなんでしょ」サービス問題がちょっとずつ改善することを願って、雑サラダ問題を提起したいと思います。

『雑サラダ問題とは』
ランチタイムのレディースセットについている、「女子(笑)って野菜摂りたいんでしょ」的な業務用ドレッシングがかかったほぼキャベツの千切りサラダ、あれ、要らなくないですか?というものです。

わたくしは要らないです。

不景気ですし、コスパなど、お店に色々事情があるのはお察しします。

ですが、レディースセットに権限のある男性がもしこれを読んでいたら、女は山羊ではないので、味気ない草をモサモサと食べることはあまり好まないということを、頭の片隅ででも憶えておいていただけたら幸いです。

例外として、厨房も従業員も本場の方ばかりのアジア料理店やカレー店で、ボリュームたっぷりの美味しいメインに雑サラダが付いてくるパターン。

これは、外国人オーナーに対し、自称「飲食店コンサルタント」(一流ホテルの下積みを3年以内に逃げ出したなど、実際なんの実績もない)のおっさんが、「日本のランチのレディースセットは、サラダつけなきゃ。あー、だいじょぶだいじょぶ、ちょぼっとでいいのよ、ついてさえいりゃ女は満足するから」などフカシたのが発端で、そこから彼らの密な同胞ネットワークを通じて広がったと想像しているので、罪には問いません。

どこの業界にも、自称コンサルタント、自称プロデューサーは湧いて出てきます、演劇や現代アート界隈にも……

そのお話はまたいずれ別の機会に。

そして、レディースセットではないのですが。

この間、某大手チェーン居酒屋へ行ったところ、雑サラダの上にとても細かく切られたアボカドが申し訳程度に散らされていました。

「女子(笑)って野菜摂りたいんでしょ」と「女子(笑)ってアボカドが好きなんでしょ」の合わせ技に、ある種の清々しさを感じました。

これは、とても大袈裟に言うと、ゲスの極みが転じてアートに昇華するパターンと近いのでは。

ともあれ、冒頭の文庫女子、「好きな女の子に自分について知的な好印象を抱かせるんじゃないかという下心と、本当に面白いから一緒にこの本の感想をあの娘と語り合えたら幸せだなっていう気持ちでぜひお勧めしたい本」など、本当に男性が女性に勧めたい本をご提案いただけたら、ぜひ手にとってみたいなと思っております。


美貴ヲ

■美術家/作家(演劇脚本など)■1/31緊縛人形劇「みぞかちゃんの脱皮」出演:有末剛・真珠子 脚本・構成を担当■書いたり描いたりするお仕事をください。

連絡先:purinlady@gmail.com
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